プレハブ小屋から、台ヶ原へ。お金もコネもない、情熱だけで続けた話。

プレハブ小屋から、台ヶ原へ。お金もコネもない、情熱だけで続けた話。

最初に借りたのは、日本政策金融公庫からの300万円でした。この最小限の資金で、自宅の庭にコンテナハウスを置き、チョコレートづくりの最小構成でのスタートを切りました。

当時使っていたのは、1kgのカカオを焙煎できるコーヒー用の焙煎機と、最大3kgのチョコレートを作れる石臼3台体制。それが、いとまチョコレートの最初の設備でした。

コンテナハウスは、人ひとりが作業するのにやっとの広さでした。良く言えば、すべてのものにすぐ手が届く。悪く言えば、足の踏み場もない。テンパリングもカカオの殻剥きも、すべて手作業です。本当に一日中、作業に追われていました。

1年少しでこのコンテナハウスからは卒業できましたが、当時は、長く続けるのは難しいと感じていました。一種の気合で乗り切った日々です。もう一度やれと言われても、正直、無理だと思います。

2024年12月のテレビ放送をきっかけに、このキャパシティでは立ち行かなくなりました。5kg焙煎できるコンベクションオーブンと、12kg作れる石臼へのステップアップが、どうしても必要になったのです。

融資を受ける前に、商工会が主催する中小企業診断士との無料相談を活用して、5年分の経営計画を作りました。AIの信頼性がまだ十分ではなかった頃です。今ならもっと簡単に作れるかもしれませんが、当時はかなりの時間をかけて作り上げました。

最初は「一人でやるのはしんどい、広い場所に行きたい」という程度の思いでしたが、具体的な数字と目標を立てながら、組織としていとまをどうしていくのか、ひたすら考える時間になりました。

その事業計画を持って銀行に相談に行くと、返ってきたのは「最悪の場合でも返済できる金額しか融資はできない」という答えでした。その金額では、いとまの店舗を今の形で作り上げるには、到底足りませんでした。

正直に言えば、必要な借金の桁が変わります。銀行では、事業を始めて3年以内は、まだ創業間もない状態と判断されます。いとまは、小さく始めて1年でキャパシティの限界を迎えての融資でしたが、この1年の実績は、制度上ほとんど考慮されません。

実績を積んでいたつもりでも、多額の融資を引き出すのは簡単なことではありませんでした。

銀行のリースで機械を購入したり、家族の助けを借りたりしながら、なんとかお金を工面していきました。そうして、どうせやるなら自分が育った白州にこだわりたいと、台ヶ原に拠点を探し始めることになります。

プレハブ小屋から、コンテナハウスへ。そして、台ヶ原の店舗へ。お金もコネもない、情熱だけで始めたいとまチョコレートは、こうして少しずつ形を変えながら、今の場所にたどり着きました。

情熱とわくわくだけで、ここまで突き進んできました。今だって、資金はかつかつです。実績も、まだまだありません。毎日、不安に押しつぶされそうになります。それでも、後悔はありません。

チョコレートを通してお客さまとコミュニケーションを取り、ポジティブな反応をもらえたときの喜びと多幸感をご褒美に、走り続けていきます。

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