兵庫県西脇市。播州織の産地として知られるこの土地で、私はファクトリーブランドのデザインと運営を一人で担っていた。下積みなく入社一年目から任された、面白い仕事だった。
テレビ東京の「ガイアの夜明け」が取材に来たのは、ブランドが動き出してすぐの頃。
「ふるさと職人の逆襲」というタイトルで放送され、知名度は一気に上がった。これからブランドを大きくしていくぞ、という矢先、社内の妨害工作を受けた。
結果として与えられたのは、デザイン業務と並行しての生産管理という、産地に入った若者がまず通る下積み仕事だった。昼間は機屋さんを回って納期を確認し、織り上がった織物を加工工場まで運び、産地の中を車で走り回る。夕方になったらデザインの仕事が始まる。
そんな無茶な働き方を続けるうちに、心身をすり減らし、動けなくなっていた。

大量生産という仕組みそのものに違和感を持ったのは、その頃だ。
職人さんたちは、良い仕事をすることに誇りを持って糸を織る。なのに発注する側の人間からは「こんなの着る人いるのかよ」という軽口が漏れる。たしかに、誰が着たいと思うのかわからない商品で世の中は溢れている。
デザインといっても、世に出ている服の柄をそのまま写し取るようなものを求められ、出来上がったものに誰も責任を持たないまま、大量生産のスピードに乗って流れていく。綿花という資源を、最高の技術と現場の情熱を使って、誰が買うかもわからないゴミに変えてしまう。そんな仕事に、私は違和感を抱いていた。
自分の手の届く範囲で、自分が責任を持って「良い」と思える商品を作り、売る仕事がしたい。
そう思うようになった頃、ふと思い出したのが東京・蔵前の景色だった。前職の東京オフィスがあったのが、ちょうどダンデライオンチョコレートのすぐ近く。出張のたびに店に通い、ファンとしてそのチョコレートを楽しんでいた。均一な大量生産とは正反対の、個性に溢れた味わいがそこにはあった。

チョコレートについて調べていくうちに、私が嫌気を感じていた「均一な大量生産」の対極に、クラフトチョコレートという、個性と多様性に溢れた世界があることを知った。それはまさに、自分が目指すべき世界の姿だった。
そうして白州へ。私が幼少期を過ごし、人生を立て直すために戻ってきた土地で、クラフトチョコレートを作ることを決めた。一度この土地を離れたからこそ、この土地の良さを改めて感じることができた。この場所だからこそ買える、そんなチョコレートがあったら素敵だと思った。
あの日の決断から、いとまチョコレートは始まっている。